日本は AI の世界で生き残れるか?

中国のネット3大企業 「BAT」(Baidu: 百度、Alibaba、Tencent)の 1 社である百度は、最近 AI に注力している。

 

それは競合である Alibaba、Tencent に差をつけられている背景もある。 オンラインショッピングで強い Alibaba、チャットアプリ及び決済で強い Tencent と比べ、百度はウェブ検索にとどまっている印象がある。それを AI 分野で挽回を狙っているようだ。

 

その百度のAIに関するニュースがあった。百度が AI に子供の顔が大人になるかというパターンを学ばせることにより、子供のころに誘拐された人の子供のころの写真と、大人になった人の写真から誘拐された人の写真を絞り込み、特定することに成功したというニュースである。

中国で子供の誘拐は多く社会問題の一つになっている。AI 技術の開発とともに社会問題の解決につなげるということであろう。

 

このニュースで気づいたことは、2 億枚の写真を中国政府が提供しているということである。その写真を元に AI に学習させ、今回の結果につながっている。

 

 

 

私の認識が不足かもしれないが、AI の時代に強いのは、データを持っている物だ。

まず、人工知能のアルゴリズムは誰でも手に入るコモディディだ。

次に関係するハードウェア(例えば半導体やセンサー)もある程度差別化ができるかもしれないが、何社かサプライヤーがいればあまり差がつかず、価格競争に陥るようなものではないか。

一方、データ量が AI の精度に直接つながってくる重要な要素である(例えば 2億枚と200万枚の写真では AI が子供を見つける精度はずいぶん違ったはず)であると同時に、データは独占的だ。同じデータを複数の会社が持っていることはあまりないと思う。

よって AI の世界で競争が起きるとするならば、それは主にデータの確保を巡ってのデータとなるのではないかと思う。

 

 

そのような時に中国の競争力が非常に強い可能性がある。

そもそも国内のデータ量が多い。13 億人のデータがある。

また、政府の権限が強く、またビジネスに協力的である。今回のようなデータ提供を日本や他の国で行うとしたらどれだけ時間がかかるだろうか。

 

 

それ以外にも、当然米国も強いだろう。(中国を除く)グローバルな影響力を生かした規模のある事業を行っている IT 企業は多い(Google, Facebook, Amazon 等)今後も新しい同様な企業が出てくるだろう。

 

 

単純にいけば、AI の世界では、(すでにウェブ・IT の世界ではそうなっているかもしれないが)グローバルをカバーすることによるデータ量を確保した米国企業と、国内市場の規模と政府の支援によるデータ量を確保した中国企業の寡占状況になることが予想される。

 

今後 AI がより重要性を増すと言われる。これは、考え方によれば、日本のポジションがより低下することとも考えられる。

 

 

このような中で、日本が AI 業界でどのように生き残り、存在感を作っていくべきだろうか?

単純なボリュームを狙っても難しいので、あり得る方向としては、ニッチな領域に絞って世界一のデータ量を確保するようにしていく、その積み重ね狙うということではないだろうか。製造分野等の B2B 関係の特定のデータでは日本の AI 企業が世界で一番のデータを持っている。そういうことなら可能性はあるようにも思える。

 

 

すあま

 

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「租購同権」政策は、中国住宅価格低下の引き金をついに引くだろうか?

 

中国の住宅価格の高騰は昔から指摘されている。バブルが起きているといわれて久しい。

 

特に上海・北京・深圳・広州等の大都市では特に高く、マンションの価格が日本円にして 100万円/㎡ になることも珍しくない。

 

以前に比べて所得が高くなったといっても、平均的にはまだ日本よりも少ない所得の中国の都市住民は、多額の借金をしてマンションを購入している。

 

他国に比べても極めて高い住宅価格を見て、そろそろ中国の住宅バブルがはじけるといわれ続けている。しかし、何年もたっても価格は下がるどころか上がっている。

 

一方で、住宅の購入価格は高い一方で、賃貸の場合にはそれほどでもない。賃貸料と購入額のギャップは大きく空いている。

 

このような現象はなぜで発生しているのだろうか? 

 

一つの答えば、中国の不動産購入額には、「子供の教育料」が含まれているということだ。

現在の規定では、その都市に住居を持っていないと子供はその都市で就学ができない。例えば上海の一流の学校に子供を通わせたい場合には、上海にマンションを購入している必要がある。賃貸ではだめなのだ。

 

子供の教育に特に熱心とされる中国人は、無理をしてお金をたくさんはらっても、少しでもいい教育を受けさせようと、マンションを買っている。

これが中国の不動産価格を支えている一つの要因である。

 

 

 

 

最近、この要因に影響を与えるようなニュースがあった。

 

中国南部の大都市の一つ、広州市が「租購同権」政策を導入すると、7月17日に発表した。この施策の要旨は、住居を借りている人(「租」)と、購入している人(「購」)で、就学等に関して、同じ権利を与えようというものだ。

これは他の都市に先駆けて広州市が取り組んでいる政策だ。

 

https://xw.qq.com/FIN/20170719024569/FIN2017071902456907

 

 

もしこれが完全に実行された場合、子供の教育の為に無理してマンションを購入する必要はなくなる。少なくない人が、マンションを購入するのを止め、手ごろな賃貸にシフトするだろう。

その結果、住宅価格の大きな下落が起きる可能性がある。

また、もしこの施策が他の大都市にまで広がった場合には影響はかなり大きいものになる可能性もある。

 

もちろん、まだこの「租購同権」政策の実際の適用の範囲は限られているようであり、また住宅価格の急下降があるようであれば政府の介入もあるだろうから、すぐに大きな変化が起きるとは考えにくい。

但し、大きな方向性としては、中国の住宅価格はついに下がる方向に変化しつつある可能性がある。

 

 

すあま

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都議会選の選挙期間を決めたのは誰か?

 

前のエントリーで、東京都議選の選挙期間が短いのではないかという内容の文章を書いた。 

そして、選挙期間を長くしたら何か選挙が変わるかもしれないと書いた。


 

 では、その選挙期間を長くする為には何をすればいいのだろうか?

そして、そもそも選挙期間は何によって決まっているのだろうか?

 

調べてみると選挙期間は法律でも一部決まっているようだ。「公職選挙法」では三十三条で以下のようなことが書いてある。

  

  1. 知事の選挙では、少なくとも選挙の17日前に告示しないといけない
  2. 指定都市の市長の選挙では、少なくとも選挙の14日前に告示しないといけない
  3. 都道府県と指定都市の議員の選挙では、少なくとも選挙の9日前に告示しないといけない
  4. 指定都市以外の議員と市長の選挙では 少なくとも選挙の7日前に告示しないといけない
  5. 町村の議員と町長・村長の選挙では少なくとも選挙の5日前に告示しないといけない

参考:公職選挙法

 

 

今回の都議会選の場合は、3つ目にあたるので、少なくとも選挙の9日前に告示しないといけないということが法律で決まっている。今回もこの 9 日前に告示されていて、この 9 日前+選挙当日=合計10日間が、有権者が選挙について考えることができる期間だ。

 

これを見るとわかるのが、法律上は選挙期間を長くすることはできるということだ。少なくとも選挙当日の 9 日前には告示しなくてはいけないと決まっているだけで、別に60日前に告示しても問題ないはずだ。

 

では、誰が法律ギリギリの 9 日前に告示すると決めたのか?

 

どうやら「東京都選挙管理委員会」のようだ。東京都の選挙管理委員会の発表として、このようなものがある

本日開催した当委員会(委員長 宮崎章)において、本年7月22日任期満了に伴う東京都議会議員選挙の選挙期日等を下記のとおり決定しましたので、お知らせします。

参考:東京都議会議員選挙の選挙期日等が決定|東京都

  

 

では、東京都選挙管理委員会は誰で、それを誰が選んでいるのか?

 

東京都選挙管理委員会のウェブサイトを見ると、以下の4名の方が選挙管理委員会のメンバーだ。直接的にはこの方たちが選挙期間を決めている。

選挙管理委員会

委員長  宮﨑 章

委員   大木田 守

委員   嶋田 實

委員   佐藤 男三

参考:事業概要 | 東京都選挙管理委員会

 

 

そして、この委員会のメンバーは4年で、決めているのは東京都議会のようだ。

そうすると、東京都議会自体も、間接的に選挙期間の決定に影響力があることになる。

 

 

こう見てみると、選挙期間を長くしようと思えば、恐らく選挙管理委員会の判断か、東京都議会の判断で、きっとそんなに難しくなく出来るのだろう。

 

ただ、期間を変える理由が特にない。

法律では最低 9 日前に告示しろと言っている。今までも 9 日前に告示していた(恐らく)。そこで急に 60 日前に告示するといったら、「なんで 60 日なんだ」と周りから色々言われ、説明を求められる。それは面倒に違いない。仮に自分が選挙管理委員会のメンバーだったら、そこまでして変える理由も特にないので、法律で決められている最低限度で、今までの前例に倣って 9 日前に告示しそうだ。

 

これは想像に過ぎないが、特に理由がないという理由で、短い選挙期間になっているのではないだろうか?

それならば、選挙期間を長くし、選挙の在り方を変えるのに必要なのは、選挙管理委員会が選挙期間を長くすることを説明をするのに十分なだけの「理由づけ」ということになるだろうか。

 

 

すあま

 

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10 日間という東京都議会選の選挙期間はとても短いのでは?

お題「最近のニュースに対して一言」

 

 

東京都議会選挙が 7 月 2 日にあった。

 

結果、小池氏が率いる「都民ファーストの会」が大きく議席を伸ばし、自民党が大きく議席を減らした。


この結果をもたらした要因については色々な分析がされているが、特にここでは取り上げない。

 

 

「東京都議会選の選挙期間は短すぎはしないか?」ということが気になり、これについて書いてみたい。

 

 

東京都議会選挙の選挙期間は、候補者が立候補してから(6/23)、投票日まで(7/2) 10 日間であった。

(参考:東京都選挙管理委員会 http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/uploads/h29togikeikaku.pdf )

「選挙では政策を議論する必要がある」などと耳にすることも多いが、わずか 10 日間で政策を理解して比較するのは、常人にはなかなかできるものでない気がするのだ。

 

 

この 10 日間というのは長いのか、短いのか。比較の為に外国の例を一つ探してみた。

 

ニューヨーク州の州議会(下院)選挙である。アメリカの中で、東京都という区分と一番似ているのではないかと思い、例としてみてみた。下は2016年の選挙の例だ。

  • 立候補締切:  2016年 8月23日
  • 予備選挙: 2016年 9月13日
  • 本選挙: 2016年11月8日

(参考:Ballotpedia)

 

立候補締切から本選挙までを選挙期間とするならば、77日間、立候補締切から予備選挙までとしても 21日間

東京都議会選の10 日間に比べてずいぶんと長い。

 

 

 

他の都市の例も見てみないとはっきりと言えないところもあるが、東京都議選の選挙期間は、他の民主主義国の地方選挙と比べて随分と短い可能性がある。

 

 

 

仮に選挙期間がとても短いとして、それは選挙の仕方や結果にどういう影響があるだろうか?

 

 

まず、政策よりも知名度や印象で選ばれることが多くなるだろう。

短いと、政策を比較したり、候補者の間で議論したりする機会はどうしても限られる。するとどんなに都の為にいい政策を練ってもそれが伝わる暇がなく、当選につながりにくくなる。逆に重要なのは知名度や印象になってくる。

知名度を高めるには、芸能人やスポーツ選手の擁立、名前の連呼による刷り込み、有名政治家の応援等が効果的な方法になるだろう。

印象で勝負するには、見た目のいい候補者の擁立、敵対政党のネガティブキャンペーン等も効果的な方法になってくるだろう。

 

 

次に、政党に所属していない人の当選は難しくなるだろう。仮に政策を比較するにしても、限られた時間の中では政党同士の比較が関の山である。

 

 

投票率も低くなるだろう。期日前投票制度もあるとは言え、この 10 日間に都合が悪く、投票できない人もそれなりにいるはずだ。

 

 

一方で選挙のコストは安くなるだろう。2か月~3か月も選挙を行えばとても疲れるしコストもかかる。10 日間でぱっと終わらせてしまった方が経済的だ。

 

 

 

選挙期間が短いことにはいい点も悪い点もあるが、例えば一度 2 か月とか、思い切り選挙期間を長くしてみたら、何が起こるのだろうか?何か色々違う選挙の在り方も見えそうな気もする。

  

 

すあま

 

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ネクタイがフォーマルでなくなりつつある。新しいフォーマルファッションはどんなものになるか?

ネクタイ。

 

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男性で社会人を経験した人にとって、つけたことがない人は少ないのではないだろうか?

 

ネクタイをつけないと正装でない。そういうイメージを多くの人が思っている人は多いと思う。

 

 

しかし、この「男性の正装=ネクタイ」というイメージが、崩れつつあるように見える。

 

国内を問わず、議員や政府の要人・大企業の役員等でも、ネクタイをつけないノータイスタイルがちらほらみられるようになってきた。

日本でいえば、菅官房長官はいつもノータイである。ユニクロの柳井社長やソフトバンクの孫正義社長なんかもノータイで公式の場に多く出ている。

海外の大手企業でもノータイで役員紹介をしているホームページ等も増えているように思える。

 

 

東京ネクタイ協同組合の調査によると、日本国内のネクタイの需要本数は過去10年で4割減少している。


 

ネクタイが使われなくなってきているのだ。

 

 

 

そして、現代フォーマルファッションの中心である英国の、そしてその中でも最もフォーマルが求められる場所の一つである議会でもネクタイ着用が必須でなくなった。

ネクタイ着用をしなくてよいということを下院議長が認めたのだ。

 

 

このような最もフォーマルな場所でネクタイ着用が必須でなくなるということになれば、恐らくそれは波及し、数十年も経てば一般のビジネスマンもつけられなくなるだろう。

 

ネクタイをつけるのがフォーマルになったのは、200年前の欧州のことだ。それから時代は変わった。十分に長く続いた伝統であり、そろそろ変わってもいいようにも思える。

 

 

ネクタイの前には、カツラ(ウィッグ)をつけるのがフォーマルであった。これはフランス革命が起き、カツラが貴族階級のファッションとして否定されるまでそうだったようだ。

今でも香港の法廷では当時の名残を残し、法律家はカツラをつけている。


カツラに比べればネクタイのインパクトは小さいが、恐らくネクタイも、このように過去の遺物になっていくのだろう。

 

 

では、新しいフォーマルファッションはどういうものになるだろうか?

 

 

 

フォーマルファッションを作るのは、過去の例を見ると、世界的な有力者や経済的に裕福な人達である。彼らのコミュニティで生まれたスタンダードを周りが真似する中で、フォーマルが出来てきていたように思える。

 

 

それを考えると、抽象的ではあるが、今後のフォーマルファッションを形成するに要素として、以下の2つがありそうに思える。

 

 

一つ目は米国西海岸のIT業界のファッション。

既にノータイが増えていることと、米国西海外のIT企業がノータイのスタイルを持っていることは無関係ではないだろう。ジーンズもフォーマルになってくる余地もあるだろうか。

 

二つ目にアジアのファッション。

経済の重心がアジアに移ってくる中で、アジア人の影響力は強くなってくるはずである。高温多湿の地域が多いアジアにおいて、今までの英仏を基準にしたスーツスタイルはあまり適してなかったと思う。既に東南アジア等では民族衣装をベースにした涼しい服がフォーマルになってきている部分もあるが、似たような流れが進むのではないか。

 

 

こんな流れを受けつつ、新しいスタイルのフォーマルな服が生まれてくるのではないだろうか。

 

30年後、友人の結婚式に参加する男性はどういう服で参加しているだろうか?今のようなネクタイ+スーツが続くか? いや、そうでもないのではないだろうか。

 

 

すあま

 

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「総合商社は日本の特有の業態」はどれほど本当か?

  

「総合商社」

 

三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅等の会社が代表的だが、「トレーディング」という、よく一般には分かりにくい事業を中心としている企業群だ。

 

取り扱う商品は多岐にわたる。鉄鉱石・銅等の金属資源、石炭・ガス等のエネルギー資源、大豆やトウモロコシ等の食糧資源といった色々な資源を扱う以外に、衣料や自動車のような機械も扱ってたりする。

 

特に日本において、生活のさまざまなところで総合商社の影響力は密かに大きい。日本に輸入されている様々な資源の取引の相当大きな部分は商社が絡んでいると思われるし、国内の食品や衣料等の流通でも多くのところに総合商社が何かしら関係している。身近なところでいえばコンビニのローソンは三菱商事の子会社なのは有名だ。

 

2000年代末ごろには資源価格の高騰もあってとても高い利益を稼ぎ出し、注目度を高めた。給料も高いこともあって、特に最近は学生の人気就職先ランキングの上位の常連である。

 

これら総合商社は「日本特有の業態」とされる。商社以外の人も、商社の人もそういっていたりする。

 

 

 

「総合商社は日本特有の業態」それは本当なのだろうか?

 

 

ニッチな業態は別として、東証一部に上場するような大企業で日本だけにしかない業態って他に思いつくだろうか?そういうものは存在しうるのだろうか?どうも不思議に思えてならない。

 

 

この点、私の仮説は「総合商社は別に日本特有の業態でもなんでもない」というものだ。

 

まず、海外に競合となる企業がいるからだ。

例えば、総合商社の事業の中核となる「資源」分野で例を挙げるならば、

 

エネルギー資源や金属資源では、Vitol, Glencore,Trafigura等の企業が日本の総合商社の競合となる。

食糧資源では、「ABCD」と言われる ADM, Bunge, Cargill Louis, Drefyfus 等が競合になる。

 

これらの競合は多くの場合非上場企業であり詳細な情報は不明であり、また一般的な認知もされていないが、これらは夫々の分野において、総合商社より大きな事業規模であるように見える。

食糧資源におけるCargillの事業規模は、日本の総合商社の中で食糧に強い丸紅を上回るとみられるし、金属・エネルギー分野におけるVitol・Glencoreの規模は三井物産を上回るとみられる。

 

 

このように世界に大手競合がいる中で、「日本独自の業態」と本当に言えるのかと思えるのである。

 

 

尚、最近の総合商社は「トレーディング」だけでなく「投資」も行っているから独特という反論があると思う。しかし、「投資」というのは「トレーディング」の一部である。資源を有利な条件で取引するために、総合商社と同じように、海外の競合も色々なところに投資をしている。鉱山に投資をして資源会社のようにふるまってみたり、貯蔵庫や物流拠点に投資してみたり、更には下流に投資をしてみたりしている。

 

 

あえて日本の総合商社と、海外の競合の違う点を挙げるとすれば、2点あると思う。

それは「客の狭さ」と「事業の広さ」だ。

 

「客の狭さ」に関していえば、日本の商社の客は基本的に日本の会社だ(最近は中国等のアジアも大きくなっていると思うが)。一方、海外競合はグローバルだ。

 

「事業の広さ」に関しては、海外の競合が対象商品を比較的に絞っているのに対し、総合商社は商品を幅広く持っている。エネルギーも金属も食糧もやっている、更には機械等も扱っている。

 

 おそらくこの2つの違いは相互に関係しているように思える。日本の総合商社は(販売先としての)海外顧客の開拓が苦手であり、日本の顧客が中心となっていた。そうすると一つの商品だけを扱っていると規模も小さく、リスクヘッジがしづらいので、自ずとと多角化せざるを得なかった。そういう因果関係ではないだろうか。

 

 

 

もし「客の狭さ」と「事業の広さ」が総合商社と海外競合の違いだとした場合、その違いで「独自の業態」とまで言えるのか?

 

言えない気がする。

 

 

 

例えば自動車業界に当てはめてみる。

トヨタ自動車がグローバルに販売しているのに対し、多くの中国自動車メーカー(吉利・長城汽車等)はほとんどを中国国内のみで販売している。ここで中国自動車メーカーのことを、「中国独自の業態」とは呼ばない。自動車メーカーは自動車メーカーである。

また、トヨタ自動車は自動車だけでなく、住宅事業(トヨタホーム)もやっていたりする。だからといってトヨタ自動車は自動車+住宅を手掛ける「独自の業態」とは呼ばない。自動車メーカーである。

 

 

やや事例が極端かもしれないが、同じように総合商社も別に「日本独自の業態」ではないように思えて仕方ないのである。

 

 

すあま

 

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試論:なぜ日本は金余りのはずなのに、東芝半導体売却先の候補の「日米韓連合」に、「米」が入っているのか?

 

 

東芝半導体の売却交渉が進んでいる。売却先候補として名乗りを挙げた会社はいくつかいたが、今のところ 2 陣営に絞られつつあるように見える。その二陣営は以下の 2 陣営だ。

 

 

1:「日米韓連合」陣営

  • 産業革新機構 ・・・ 日本政府系投資ファンド
  • 日本政策投資銀行 ・・・ 日本政府系金融機関
  • ベインキャピタル ・・・ 米国投資(PE)ファンド
  • SKハイニックス ・・・ 韓国半導体メーカー

 

 

2:ウェスタンデジタル陣営

  • ウェスタンデジタル ・・・ 米国半導体メーカー
  • KKR ・・・ 米国投資(PE)ファンド

 

 

 

<以下は関連記事>


 

 

ここで気になるのは、どうして「日米韓連合」陣営に「米」が入っているのかということである。更に言うならば、どうして両陣営に米国PEファンドが入っていて、日本のPEファンドが入っていないのかということである。

 

 

「日米韓連合」陣営には、ベイン・キャピタル、そしてウェスタンデジタル陣営にはKKR、両方ともに米国の大型PEファンドが入っている。東芝半導体の売却額は2兆円以上とも目されており、それだけの資金を投資するとなると、このような投資ファンドの資金力が必要なのだろう。

 

 

ここで不思議に思えるのは、日本には投資資金がないわけではないということだ。

 

 

日本国内は、投資先がなく資金が余っている状態である。一方で、大型買収の為の資金調達の為、米国の投資ファンドが参加してきており、日本の(民間)ファンドは参加していない。

米国の投資ファンドに投資しているのは、主に米国の年金基金や保険会社等、米国の資金であり、日本国内の資金は一部あるにしても限定的だろう。

つまり、日本国内には投資先がない資金が余っているのにも関わらず、東芝半導体に投資する為の資金不足だから、米国の資金を使おうというのである。

 

なぜこのような状態になっているのか?

 

 

 

 

おそらく理由は、日本国内の(民間)PEファンドの規模が小さすぎるということだろう。

アドバンテッジ、ユニゾン等の日本のPEファンドで最大規模のファンドでも投資資金の規模が ~2000億円程度しかない。そのうち全部を一案件に投資することはリスクがあるので、分散して投資するならば、一件に投資できる金額はせいぜい数百億円だ。2兆円と言われる東芝半導体に投資するには1~2桁が違う。

一方で、ベイン、KKRといった米国の大型ファンドは(様々な種類のファンドを合計すると)~10兆円の資金を管理している。規模が違う。

 

 

では、なぜ日本のPEファンドの規模が小さいのだろうか? 

 

日本で投資先の資金は余っている。これらを全て使えば大きなファンドも組成できるはずである。なぜ日本のファンドはこんなに小さいのか?

 

 

 

それはおそらく、日本の投資ファンドはほとんどの場合日本国内のみに投資しているからである。

投資案件の多く、大型案件も多い北米、欧州と違い、日本国内には、PEファンドが投資できる案件が少なく、一件当たりの規模も小さい。

そして日本のPEファンドはほとんどが国内のみで投資をしている。

投資案件が少なく・小さい国内市場のみで投資をしようと思う限り、大きな金額を投資家から集めた大型ファンドを作ることはできない。大型ファンドでなければ、東芝半導体のような大型案件に関与することができない。

一方、ベイン、KKR等の米国のファンドは、そもそも国内市場の大きい米国を中心としている上に、グローバルに拠点をもっており、世界中の案件に投資が可能だ。このような舞台で活動をしている為、投資機会も多く、大型ファンドを作ることが可能になる。結果、今回のような案件にも参加できるのだ。

 

 

 

もし以上のことが正しいとして、「第二の東芝半導体」が現れた時に日本のPEファンドが一プレイヤーとして参加するにはどうしていることが必要か?

 

少なくとも米国に軸足を置いたファンドを作っていることが必要だろう。現在も、おそらくこれからも最大の市場である米国に確たる軸足を持つことにより、規模感のある投資が可能になる。それであれば大型ファンドの組成が可能になる。それで初めて東芝クラスの案件に参加できる。

今の日本の代表的なファンドのように、日本を中心として、ちょこちょこアジアに投資しているようでは規模がたかが知れており、次にまた東芝半導体のような案件が出てきても、結局は大型の米欧ファンドに市場を席捲されるだけだろう。

日本に本拠は持ちながら、米国に中心的な投資拠点を持ち、日本の投資家の低コストの資金を元手に米国で多くの買収を行い、米国内でも存在感がある。そういう状態になっていることが必要だろう。

そして、おそらくその為にはきっと中堅程度のPEファンド運営会社を買収することなども必要なのだろう。

 

 

飛躍だらけの文章を最後まで読んでくれてありがとうございます。

 

 

 

すあま

 

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